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屯田の歴史

2014.05.14 (Wed)
札幌市北区屯田の地について知るために、
「屯田郷土資料館」を訪問しました。

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この地区は、
篠路兵村と呼ばれ、
琴似、山鼻、新琴似につぐ、
札幌で4番目、
札幌最後の屯田兵です。


篠路兵村は、明治22年
福井県・石川県・和歌山県・山口県・福岡県・熊本県・徳島県から220戸、
1056人集まったのが始まりでした。

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屯田兵の一日は、

朝は早く夏で4時、冬は5時に起床し、
夏は18時、冬は17時まで訓練や開拓を行っておりました。

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この地域は札幌扇状地のはしにあり、
標高が2m~5mと低いため、
石狩川の氾濫などにより度々水害に見舞われました。

篠路屯田兵は苦労して排水路の掘削にあたらなければ、
作物を収穫することが出来ず、4つの屯田兵の中で一番開拓に苦労したそうです。

明治31年9月10日の大水害では、
村の殆ど(約2/3)が水でうまり、
家や食糧・畑も失った屯田兵たちは、
ふるさとに帰ったり、
他の職業を見つける等で離村してしまいました。

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こうして明治38年には、

篠路兵村の過疎化が進み72戸、555人の小集落となってしまいます。

このままでは村がなくなるとの思いから、
財産を処分したり、借金をしたりして、
畑作から稲作への大転換を大正時代に成功させることにより、
人口が少しづつ増え続け、
入植時の人口を超えたのが、
やっと昭和30年代になってのことでした。


土地取引の始まりは、
入植者に給与地として5000坪が与えられ、
やがて給与地にも課税されるようになったのをきっかけに、
売買されるようになったようです。

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昭和44年に道住宅公団の屯田団地が造成された頃の写真がありました。

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この建物は通称「三角屋根」と呼ばれ、
寒冷地における住宅のスタンダードとして、
広く普及しました。

現在でも、
多くの「三角住宅」が
当時の状態で居住され、残っています。


ただでさえ過酷な開拓の中でも、
最も大変といわれた篠路兵村。

開拓してくださった屯田兵へ感謝して、
これからの屯田地域を見つめていきたいと思います。