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月寒の歴史

2014.06.12 (Thu)
「つきさっぷ郷土資料館」を訪れ、
月寒(札幌市豊平区)の歴史について調べた。

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つきさっぷ郷土資料館は昭和16年に完成し、
北部軍司令部司令官官邸として使用されていた建物です。


遥か昔、月寒川のほとりをこのあたりに住む人々は「チキサニ」とか「チキサブ」と呼んでいたそうです。
いわれは、火をきる所、火をきるもの「赤だも」のある所といいます。

明治4年に岩手県人が入植したのに伴い、開拓使は月寒村(つきさっぷ)と命名しました。
その後人口が増えるに従い「つきさむ」と言う人々が出てきて、昭和19年以降は「つきさむ」となっています。

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月寒発祥の場所は、
月寒川と現在の国道36号線が交差する地点の近くでした。

その後、明治29年、
月寒には
国策で、歩兵第25連隊が入隊しました。
このことは、月寒にとって大きなポイントとなります。


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軍が駐留することにより、
需要が発生し、
商店などの出店が盛んになり、
街の発展に繋がりました。

演習射撃場だった所は、アメリカ駐留時期を経て現在は「月寒公園」となり、
子供から大人まで楽しめる総合公園となって市民に親しまれています。

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練兵場は、その後「道営札幌競輪場」だった時期を経て、
1972年の冬季五輪アイスホッケー会場として、
「月寒体育館」が建設されました。


あんぱん

「月寒あんぱん」は、兵士に人気だった。
明治29年、軍隊設営工事の為、多くの本州人員が移住した中に、月寒あんぱんを生み出した仙台出身の大沼甚三郎氏もいた。
大沼氏は東京で桜あんぱんが大流行していることを人づてに知り、想像でオリジナルのアンパンを作り「月寒あんぱん」と命名した。
甘みが貴重な当時、兵士たちに人気の一品となりました。


あんぱん道路

「アンパン道路」
明治43年町役場の移転をきっかけに道路工事が始まった。
延7600人の兵隊が工事に従事し、近隣の住民たちも手伝って約4か月で道路は完成。
町長は工事中、兵隊への感謝の気持ちとして毎日一人5個ずつのアンパンを配ったそうです。
この道がアンパン道路と呼ばれるようになった由来です。

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「平和公園」
戦没・病没者を供養する墓地が設置されています。
かつてここは、歩兵第25連隊が駐屯する基地「北部軍司令部」の敷地でした。
公園の正門には、北部軍司令部正門の門柱が移設されています。

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忠魂納骨塔のまわりにバリケードが設置されていました。
よじ登ったりするのを防止するためでしょうか。
少し残念です。

開拓ゆかりの神社 月寒神社

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明治17年に広島県からの開拓移民者が、
厳島神社の御分霊を奉祀し、小祠をつくったことが、
月寒神社のおこり。

大きい樹木に囲まれ、
記念碑や月寒公園が傍にあったりして、
開拓の歴史を感じる場所です。


・・・今回は、月寒と軍隊の関わり、
その歴史が町並みにどう影響しているかについて知りました。

「月寒あんぱん」の存在を知っていましたが、
これまで私は、特に何も感じずに通り過ぎておりました。

勉強する度に、
あまりに知らないことが、多いと感じております。

今後も継続して見識を深め、
不動産取引の場で活かせるよう行動して参りたいと思います。