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手稲記念館

2014.05.28 (Wed)
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仕事上で何かと行く機会が多い「手稲区」の歴史を知るべく、手稲記念館を訪れました。
建物は昭和40年建築なんですね。
仕事で割と通る機会の多い道にありましたが、今までまったく気が付きませんでした。
意識していないというのは恐ろしいことですね。


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手稲の名前の由来は、
古くからテイネ・イと「濡れているところ=湿地の意味」と呼ばれていたことから、
出来た地名です。

手稲および、白石の開墾には、仙台の白石藩から約585人が当たりました。
白石藩が開拓に動いた背景として、用地の召し上げによる白石藩内部の経済混乱による身分問題がありました。
貴族としての身分を守って北海道へ行くか、農民になって仙台に残るかの選択に迫られ、彼らは北海道へ行くことを選んだんですね。

開拓入植のタイミングが、なんと9月Σ(゚Д゚)であったため、いきなりの冬の寒さに苦労しながらも、励ましあって頑張り、開拓を成功させたといいます。
政府が入植日程の変更を認めなかったようです。詳しい事情はわかりませんが、今考えてもとても無謀なことだと思います。

過去には、明治以前の慶応時代に「数名」が開拓に当たったようですが、開拓せずに引き揚げてしまった様です。
過去も現在も皆で力を合わせることは、物事を成し遂げる可能性が高いという事ですね。
状況が良くないと、結果が伴わないと考えがちの昨今。
仲間を信じることが出来なければ、逆境を跳ね除けることは難しいという教えでもあります。


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入植の分布図です。ほとんどが現在の地名になって残っています。


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開拓の取締に当たった、三木 勉 氏は、開拓早々から子供たちの教育の重要性を考え、「時習館」という学校を開いて、教育を始めました。
熱心な指導が、広く慕われ、噂を聞きつけた近隣の里の子供もその教えを聞きに来たそうです。
確かに賢そうなお顔立ちです。


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この世を去る直前に、開拓の精神を記した書を残されており、相当な思いが、あったのだと思います。


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手稲には農・畜産業のみならず、
鉱山にも恵まれた地域の為、
一時代は、鉱業が盛んになり、手稲の産業経済の発展に大きな力となりました。


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手稲の札幌編入は昭和42年3月。
諸問題があったようですが、議会を経て、無事合併し現在に至ります。


今回、手稲記念館を訪問し、
札幌市は各地域の郷土の歴史を知ることが出来る場所を大切にしてくださっていると、感じました。
それは、とても素晴らしい事だと思います。

不動産の仕事は、お客様の住む場所を決めるサポートもさせていただくとても重要な仕事です。
今後も、地域の土地について、勉強を深めていきたいと思います。